しかし、どうしても作品数が少ない傾向があるジャンルというのが出てきます。
管理人の独断と偏見で選ぶと、恋愛物とミステリーがその二大ジャンルではないでしょうか。
少ない理由を一言で言うと、「(色々な理由で)描くのが大変だから」ということになるのですが、
今回レビューする「ゆがみレンズ」は、その数少ない貴重なミステリー作品の中の一本です。
保管庫:ゆがみレンズ (Ascii Art Library)
主人公の清水香苗は、会社に入って今年で二年目の平社員。
まだまだ大した仕事はできないと本人も自覚しているが、明るく素直で見た目も可愛い香苗は、
とりあえず課の中ではそれなりに職場の花的存在である。
この物語の中で香苗というキャラクターは、服や鞄はやや少女趣味だが小奇麗で、
勤務後はコンサートへと出かけたり、TVドラマにはまって、その舞台となった場所へ
旅行に行きたいと思っているなど、一貫してこの現代のどこにでもいそうなごく平凡な一OLでしかない。
そんな平凡なOLの日常に突如、連続殺人事件という非日常が降りかかる…………
というのが、このAA作品のストーリーの概要です。
そうなると当然、犯人は誰なのか?というのがもっとも重要な謎になるわけですが、
最初からそれがバレバレでは意味がなく、しかし読み手側にこいつが怪しいと
思わせる人物を配置しておく必要もあり、それが果たしてミスリードなのか、
それともミスリードの裏をかいて実は真犯人なのか、という駆け引きこそが
ミステリー作品にとっての命であり、そしてこの作品はそれが非常に上手く描かれています。
「ゆがみレンズ」は、おそらく物語の骨子のみのプロットを書き出してしまうと、
意外とあっさりした簡単な物になるのではないかという感じがします。
しかし、キャラクター達の性格の立て方や、ミスリード的伏線、そしてもちろん
AAでの演出といった肉付けが上手く、話にぐいぐいと引き込まれていきます。
日常であるOLの生活と、非日常である残虐な殺人事件。
特に第五話は、この二つの対比を否が応にでも見せ付けられていると感じる演出があります。
第五話では、日常生活である社員達の飲み会と、非日常である今まさに殺されていく女性の姿とを
一コマごとに切り替えるという、TVドラマや映画で使われるカットイン的な技法が用いられているのですが、
このような演出は他のAA作品ではほとんど見たことが無く、当時とても斬新だと感じました。
しかし、ドラマや映画の場合はBGMやSEなどを用いることで、明らかに場面が変わったと
受け手に気付かせることを容易に行えますが、AAの場合はそうはいきません。
この描き方は一歩間違うと、話の中で、今どこで何が起こっているのかがわかりにくく、
読み手に混乱を招く可能性があります。
第五話ではそれを回避するために、飲み会=動、殺人場面=静という描き分けがさりげなく行われています。
動である飲み会は強調(大声)系の吹き出しを画面上にたくさん配置し、更に笑い声は4~5行を使用した
大文字で表現するなど、うるさいぐらいの賑やかな場であるというのが手に取るようにわかります。
対して、静である殺人場面は台詞や悲鳴、擬音すら一切ありません。
これで、場面の切り替えを読み手にわかり易くするという効果はもちろんですが、
殺人、しかも撲殺なのに擬音が何も無いというのが、かえってこの場面の不気味さを
増加させるという、もう一つの上手い効果にもなっています。
作者がここまで計算してこの演出を行ったのかどうかはわかりませんが、
どちらにしろ色々と参考になる素晴らしい演出です。
また、第五話が顕著だったため例として取り上げましたが、このカットイン的技法は、
「ゆがみレンズ」では全編を通して使用されており、それが程よい緊張感を生み出して、
読み手を飽きさせない工夫の一つとなっています。
このエントリの序文で、ミステリーは「(色々な理由で)描くのが大変」と書きましたが、
伏線を考えて散りばめたり、最終的な犯人を誰にするか、いかに読み手のミスリードを誘うか、
そして最後に謎解きを含めてどのような終わらせ方をするか……。
これらを一本のストーリーとして考え、まとめ上げるのは容易なことではありません。
要するに、話を考えるのが難しいため、それが単純にミステリーというジャンルの少なさに
直結してしまっているのですが、「ゆがみレンズ」はそれに真っ向から挑戦した意欲作と言えます。
全十一話という、長すぎもせず、かといって短すぎもしないほど良い長さで、
最初から最後まで、おそらくどなたでも一気に読めると思いますので、
未読の方はぜひ、戦慄のラストシーンまでをこの機会に楽しんでいただけたらと思います。